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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)158号 判決 1959年4月30日

静岡相互銀行

事実

控訴人(一審原告、敗訴)株式会社静岡相互銀行は請求の原因として、控訴人は昭和二十八年一月三十日被控訴人一富士産業株式会社及び被控訴人内田正市と、右被控訴会社が控訴銀行に対し手形金債務を負担し且つこれを遅滞したときは完済に至るまで日歩五銭の割合による損害金を右手形金と共に支払い、被控訴人内田正市(被控訴会社代表取締役)は右債務の支払を連滞保証する旨の契約をなした。しかして被控訴会社は控訴銀行を受取人として昭和二十八年八月十九日、金額十万円及び十五万円の約束手形各一通を振り出し、控訴人はその所持人となつたところ、被控訴会社は右額面金十五万円の手形金につき一万円の内入をなし、控訴銀行は右各手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶された。ところで右各手形は被控訴会社の代表取締役内田正市が被控訴会社を代表して振り出したものであるが、仮りに被控訴会社の代表取締役内田正市が右各行為をしたものでないとしても、右各行為は被控訴会社の取締役である荒井武が、代表取締役内田正市から明示又は黙示的に授与された代理権に基いてなしたものである。よつて控訴銀行は被控訴会社及び被控訴人内田正市に対し前記手形金残額二十四万円及びこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求める、と主張した。

被控訴人一富士産業株式会社及び同内田正市は控訴人主張の事実を否認し、仮りに本件手形を振り出した被控訴会社取締役荒井武が無権限であることを控訴銀行が知らなかつたとしても、控訴銀行は荒井武より右各手形の振出を受けるに当り、銀行間の確立した慣習に反し、被控訴会社の事業信用につき調査をしなかつたばかりでなく、被控訴会社の商業登記簿の閲覧、代表取締役の印鑑証明書の提出請求、代表取締役との面接等を悉く怠つたもので、右知らないことにつき重大な過失があるものというべきところ、右のような重大な過失によつて知らなかつたことは悪意と同視すべきものであるから、控訴銀行の請求は失当である、と主張した。

理由

訴外荒井武が昭和二十七年五月二十日以降被控訴会社の取締役であつたことは当事者間に争いがない。

そこで、荒井武が被控訴会社取締役社長内田正一の名義を以て手形を振り出す権限を有していたかどうかについて判断するのに、証拠によれば、荒井武は被控訴会社取締役社長内田正一の名義を以て控訴銀行との間に、(イ)昭和二十七年十二月二十五日から昭和二十八年九月頃まで普通預金取引をし、(ロ)昭和二十八年五月二十六日から同年十月二十四日まで手形割引取引をし、(ハ)昭和二十八年一月三十日から同年末頃まで手形貸付取引をし、(ニ)昭和二十七年十一月二十五日から昭和二十九年三月八日まで無尽取引をしたことを認めることができる。しかして証人金子太吉及び被控訴人内田正市尋問の結果によれば、昭和二十七年五月二十日以降被控訴会社の代表取締役は被控訴人内田正市と訴外金子太吉の両名であつたが、金子太吉は同年十二月二十日代表取締役を辞任したこと及び訴外安藤博が同日代表取締役に就任したけれども、同人はただ員に備わるだけであつて、昭和二十七年十二月二十日以後被控訴会社の代表取締役は実際上被控訴人内田正市一人となつたのであり、しかも同被控訴人は事実上被控訴会社の業務を執行しなかつたことを認めることができるのであつて、この事実と原審証人荒井武の証言を綜合するときは、被控訴会社の代表取締役内田正市は少なくとも黙示的に荒井武に対し前記(イ)乃至(ニ)の各取引については勿論、本件各手形の振出についても代理権を授与したものと認めるのが相当である。

証拠によれば、本件各手形の被控訴会社取締役社長内田正市の名下に押してある印は被控訴会社が代表取締役の印鑑として横浜地方法務局に提出し同局に備え付けられているものと相違し、本件各手形に押捺されている印は荒井武が内田正市に断りなく調製せしめて使用していた印鑑であることが明らかであるけれども、前認定のとおり荒井武が被控訴会社の代表取締役内田正市から代理権を授与されている以上は、右のような印鑑の相違は荒井武が右内田正市の代理人(本件の場合いわゆる署名代理)としてなした本件各手形の振出行為の効力に消長を及ぼさないものと判断する。また、本件各手形に使用されている「一富士産業株式会社取締役社長内田正一」という記名印は、被控訴会社において従前から使用していたものであり、被控訴人内田正市がそのような記名印があることを知つていたことは証拠により明らかであるから、「内田正市」が「内田正一」となつていても異とするに足りない。

ところで控訴銀行は、本件手形のうち金額十万円の手形をその満期である昭和二十八年十月十七日に支払を求めるため支払場所に呈示したと主張するけれども、これを認めるに足る証拠はないから、控訴銀行の被控訴会社に対する請求は、本件各手形の手形金合計金二十五万円から既に支払のあつた金一万円を控除した残額金二十四万円及び内金十四万円に対する呈示の日の翌日である昭和二十八年十月十八日以降、内金十万円に対する呈示の日の翌日である昭和二十九年三月九日以降各完済に至るまで契約所定の金百円につき一日金五銭の割合による損害金の支払を求める限度において理由があるけれどもその余の部分は理由がないから棄却すべきものである。

次に被控訴人内田正市に対する請求について判断する。本件手形には連帯保証人として「内田正一」の記名押印があるけれども、その記名押印が真正であることを認めるに足る証拠はなく、却つて右「内田正一」の記名押印は荒井武が擅にしたものであることが認められるから、被控訴人内田正市が控訴銀行と被控訴会社との間に昭和二十八年一月三十日なした契約において被控訴会社のため連帯保証した、との控訴銀行の主張は失当である。

以上のとおりであるから、控訴銀行の請求を全部棄却した原判決は失当であるとしてこれを変更し、前記の限度で控訴銀行の請求を認容した。

(原審静岡地裁沼津支部は、「荒井武が被控訴会社代表取締役内田正市から同会社の営業全部の処理を委任され、それに基いて同会社代表取締役名義の印鑑を作成し、これを使用して本件各手形を振り出した」との荒井武の証言を信用できないとして、控訴人の請求をすべて棄却したもの。)

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